令和6年4月の介護保険制度改正では、1.59%のプラス改定となりました。しかし、処遇改善加算分の0.98%を除くと、本体報酬は0.61%と増加分はごくわずかで、物価高や燃料高によるコスト増を補填できるほどの改定率ではありませんでした。コストうちで最も大きいのは、言うまでもなく人件費ですが、採用難による人手不足で、給与を削るわけにはいきません。それどころか給与、待遇を上げていかなければ、人材の確保がままならない状況です。
そこで近年、注目されているのがICT化によるコストダウンと、省力化です。まずはICTの導入に成功した7つの事例から見てみましょう。
介護現場におけるICT導入事例7選
事例1)スマートスピーカーによる時間管理
Before | 特養にて、人手不足で現場の指示役のフロアリーダーを配置できず、定時で行われるべき入浴準備、バイタルチェック、体操の時間などが遅れがちになり、現場が停滞した。 |
実施内容 | ■ステーション内、フロア、脱衣場などに、スマートスピーカー「Google home」を設置
■時間になると、同時に業務指示のアナウンスされるように設定した ■外国人スタッフのために、母国語でも通知されるようにした |
After | 入職したばかりの無資格未経験の新人、外国人職員が、アナウンスにより動けるようになった。同時に、フロアリーダーの業務負担が軽減できた。 |
事例2)ケアマネによるAI議事録アプリの活用
Before | 居宅介護支援事業所では、制度改正により、ケアマネの担当件数を増やすことが可能となったが、担当者会議議事録、計画書、支援経過などの記録物の作成などの事務作業が負担となり、思うように件数を増やすことができなかった |
実施内容 | ■利用者、家族に、訪問時に録音することを説明して許可を得た
■スマホの録音機能により、担当者会議などを自動でテキスト化した ■テキストデータを議事録作成アプリで読みこみ、要点をまとめた作成できるようにした |
After | 計画書、記録物の業務負担が大きく軽減され、担当件数を平均31件から36件に増やすことができた。 |
事例3)チャットシステムによる情報伝達の徹底
Before | 情報を全体、または一部の職員に伝達、周知する際に各自のプライベートLINEを活用していたが、業務時間外にも通知されるため、職員から不満の声が上がっていた。 |
実施内容 | ■チャットシステムを導入
■部署、役職、委員会やプロジェクトごとにグループを設定 |
After | 全職員に対して、情報を即時に伝達できるようになった。また、通知する時間を設定することができるようになったため、プライベートの時間を邪魔されることがなくなった。さらに、グループを議論したいテーマごとに設定できるため、例えば「クリスマスイベントグループ」など、イベント時にも活用でき、チャット内でのデータのやりとりや意見交換が活発になった。そのために、会議時間を大幅に短縮できた。 |
事例4)AI送迎表作成システムによる効率化とリスク削減
Before | 大規模なデイサービスセンターで、送迎表の作成と、急な欠席や利用追加によるコース変更に、1日60〜80分の時間を要していた。それらの業務を行えるスタッフが限られていたため、一部職員に負担が集中していた。 |
実施内容 | ■AIによる送迎表作成システムを導入
■同時に、システムとスマホを連動し、送迎中にカーナビ機能と、利用者への連絡機能を使えるようにした |
After | 送迎表の作成が15分でできるようになった。操作も簡単なため、担当するスタッフを増やすことができた。また、カーナビと連動するために、訪問経験のない利用者宅にも、下見せずに送迎できるようになった。さらに、GPSがついているため渋滞やトラブル時でも車両がどこを走っているかを常時、把握できるようになった。 |
事例5)映像付きナースコール&見守りセンサーによる訪室の効率化
Before | ある100床規模のユニット型特養では、夜間、定時巡回(訪室)の他に、ナースコールに対する対応によって、夜勤業務が大きな負担となっていた。 |
実施内容 | ■ベッドに「バイタルサイン」「体動」を感知できる見守りセンサーを設置
■ナースコール時に連動してPC、スマホ、タブレットにて室内を映像で確認できる映像付きナースコールを設置(任意のタイミングでも室内映像を見られる) |
After | ☆夜間の訪室回数が40%減った
☆ナースコールがあった際に、室内を確認しながら入所者と話せるため、コールが重なった際の優先順位付けができるようになった ☆体動を感知した際に映像を確認して駆けつけられるため、夜間の転倒予防になった ☆夜間の睡眠状態を観察できるため、睡眠の浅い入所者に対する日中のケアの見直しができた |
事例6)インカム
Before | 大規模なデイサービス(フロアの中心から浴室、トイレが離れている)で、浴室の外介助者(着脱担当)が浴室とフロア間の誘導をしていた。フロア職員との連携がうまくいかず、次の入浴予定者の準備が遅れがちになっていて、浴室の稼働が極めて非効率だった。 |
実施内容 | ■浴室内で介助をする職員以外は、全職員がインカムを装着した |
After | ☆浴室への利用者の誘導がスムーズになり、午前中の入浴人数が20%増えた
☆外介助担当者を1名減らすことができた(フロア担当を充実させることができた) ☆フロア内の連携が格段に良くなった ☆記録担当者に対して、インカムで利用者情報をその都度、その場で伝えられるようになった ☆新人が次の行動に出られない際や ☆トイレ介助の際など、大声で職員同士が声掛けをすることがなくなり、マナーの面でも改善された |
事例7)記録システムによる負担軽減
Before | ケア内容や観察記録を手書きで行っており、項目によっては2度、3度と重複して別の記録物に転記していた。その工程でヌケやモレも頻繁にあり、チェックする業務も負担となっていた。 |
実施内容 | ■記録システムを導入
■タブレットを複数台設置 |
After | 転記作業がなくなった。また記録内容をタブレットで閲覧したり入力、修正することができるため、ファイルをステーションまで取りに行く手間がなくなった。ペーパーレス化も70%程度進めることができ、そのためにファイルなどの管理業務を大幅に減らすことができた。 |
介護現場のICT導入のメリット
ICT導入によるメリットは複数あります。例えば、以下のようなことが考えられます。
■効率化・省力化
最も期待したいメリットは、業務の効率化、短縮化と、それによる業務負担の軽減です。前述の成功事例のように、大幅に軽減できた例も少なくありません。
■コスト削減
業務負担を軽減し、生産性を向上することができれば、残業時間の削減や過剰な人員をスリム化につながり、結果としてコストを削減できます。
■標準化・均質化
職員によってやり方が違ったり、完成度が違うと、運営だけでなく新人教育にも支障がでます。ICT機器を活用して記録等を行えば、職員間で生じる業務方法の差異を小さくできます。
■サービス品質の向上
睡眠センサーにより夜間の睡眠状態を測定したり、歩行センサーで歩行時の体の動きを分析することによって、ケアや活動、リハビリテーションの提供方法を見直すきっかけとなります。
■情報共有の徹底
申し送り事項を常に口頭伝達できれば良いですが、シフトで動いている現場では、なかなかそれができません。チャットシステムなどを活用すれば、情報伝達、共有を強化することができます。
■多職種・多拠点連携
多職種間で1つの利用者情報に同時にアクセスし、入力等ができれば、連携がしやすくなります。また、拠点外でも同じシステムを使用していれば、情報が共有できるものもあります。
■採用強化
デジタルネイティブ(生まれたときからインターネットがある世代)である新卒や若年層の採用を強化する際には、ICT機器の設置は欠かせません。それどころか機器の導入の遅れが、採用に悪影響を及ぼすリスクもあります。
介護現場のICT導入のデメリット
■導入によるコストUP
ICT機器を導入すれば、イニシャルコスト、ランニングコストは少なからずかかります。また、Wi-Fiを追加で設置しなければならないなど、機器自体のコストの他にかかるケースもあります。そのせいで、導入に二の足を踏んでいる事業者もあると思います。
しかし、導入によって削減できるコスト(特に人件費)も期待できますし、昨今では自治体等から補助金、助成金を受給できる場合もあります。これらも含めて費用対効果を検討すべきです。
■ICT機器によって非効率になるケースもある
例えば、職員間での申し送りの際に、ICT機器を活用するよりも、ステーション内に設置されたホワイトボードを使った方が良いケースもあります。
あるデイサービスセンターでは、バイタルサインの異常によって入浴を中止する方の名前を、ホワイトボードに書いて職員間で共有していました。しかし、記録システムの導入に合わせて、デバイス上で入浴の可否を確認するようにしたところ、入力漏れがあって誤って入浴させてしてしまったり、バイタル担当者にいちいち確認する等の手間が増える結果となりました。このように業務、場面によっては、ICT機器の導入がかえって非効率になるケースもあるのです。
介護現場のICT導入のポイント
■担当者の任命
どんなに優れた機器でも、現場ですぐに使えるわけではありません。機器に合わせてオペレーションを見直す必要がありますし、使う職員に対する指導もしなくてはなりません。まずは、それらを責任を持って行う担当者を決めましょう。
■「目的」と「目標」の明確化
機器を導入する前に「目的(何のために導入するのか)」、「目標」を想定しておくべきです。目標に関しては、現状の課題を明確にし、それをどれくらいの水準まで解決するかをイメージします。例えば入所施設で、夜間の訪室回数を減らすために見守りセンサーを設置するのであれば、何回を何回にしたいのか。それによって軽減できる業務負担がどれくらいかを明確にします。
■機器の選定と費用対効果の算定
「目的」「目標」を達成するためには、どのメーカーのどの機器が良いのかを検討します。また、見積額と導入によって期待できる成果を天秤にかけてコストパフォーマンスを見極めます。
■試験運用
本格導入をする前に、大抵のICT機器には「デモ期間」がありますから、まずは試験的に導入してみましょう。導入を決定した後も、例えば入所施設であればフロアを限定して活用を開始するなど、場面、機能を絞ってスタートし、徐々に活用の範囲を広げていきましょう。
■OJT
導入後で最も大事なのは、機器を使う職員への使い方の指導や、それに伴うオペレーションの変更にかかわる研修です。まずはパソコン等のリテラシーの高い職員や、機器に対する拒否感のない職員から指導を開始し、少しずつ使える職員を増やしていきましょう。
介護現場におけるICT導入の注意点
■アナログ方式との比較
前述のように、すべての局面でICT化するのが正解ではありません。手書きの記録や、ホワイトボードなどの活用などのアナログな方法の方が効率的な場合もあります。現場の動きも見ながらよく検討しましょう。
■「理想的な機器」を探さない
それぞれの事業所には、独自のやり方があると思いますが、それにピッタリと適合した“理想的な機器”を探すのはとても難しいことです。というのも、ICT機器はたくさんの事業者に使ってもらうために、ごくごく標準的、平均的な使い方に合わせて設計されているからです。事業所に合った機器を探すのではなく、機器に合わせて事業所のやり方を変えることを意識しましょう。
■導入当初の負担増に耐える
どんな機器でもそうですが、導入直後から業務が効率化できたり、負担が軽減されるわけではありません。機器の操作に慣れなかったり、機器を使ったやり方への移行がスムーズにいかないなど、一時的に業務負担が増えることの方が多いかもしれません。その期間に機器導入諦めてしまったら、元も子もありません。担当者はあらかじめ、周囲の職員にも「導入当初は楽にはならず、かえってストレスが多くなるかもしれない。しばらくは辛抱しよう」と説明しておくのが良いかもしれません。
まとめ
CT機器の導入はこれからの経営には必須となります。しかし導入コストもかかりますし、しっかりと活用できるかと不安になる気持ちも理解できます。まずは無料のアプリやインカムなどの安価な機器の導入からはじめて機器の便利さに気づき、徐々に活用範囲を広げていきましょう。
執筆 | 株式会社スターコンサルティンググループ 代表取締役 糠谷和弘氏 介護保険施行当初から介護経営コンサルタントとして活躍する草分け的存在。指導実績は500社を超え、「日本一」と呼ばれる事例を多数つくってきた。現場指導のかたわら、多数の連載のほか、年間50本以上の講演もこなす。また「旅行介助士®」を養成する一般社団法人日本介護旅行サポーターズ協会の代表理事、福祉事業を総合的に運営する株式会社エルダーテイメント・ジャパンの代表取締役も務めている。 |